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丁寧語とか、礼儀正しく書いてみる日記2

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【レコードチャイナ】日本が師匠である中国を追い越せたのは「平民の解放」に成功したから[10/15]
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1318643904/



1 名前:ニライカナイφ ★[] 投稿日:2011/10/15(土) 10:58:24.10 ID:???

◆<レコチャ広場>日本が師匠・中国を追い越せたのは「平民の解放」に成功したから

2011年10月12日、中国の歴史学者で作家の劉方[火韋」(リウ・ファンウェイ)氏が「日本人はなぜ中国人の前を歩けるようになったのか」と題した記事を中国のブログサイト・鳳凰博報に掲載した。以下はその内容。

大陸・中国の「原生の文化」に対し、島国・日本は典型的な「二次的文化」の系統に属する。

日本人のルーツは大きく分けて「東南アジア・マレー系」「古ツングース」「中国大陸・北方系(朝鮮半島も含む)」「中国大陸・江蘇&浙江人(古呉国)」。

マレー系以外はすべて中国大陸だ。古ツングース人も中国人の祖先。
こうして見ると、日本の歴史や文化は中国文化の影響を受け、形成されたものだということが分かる。

2009年春、小泉内閣で総理大臣補佐官を務めた岡本行夫氏と東京でお会いした。
岡本氏は何のためらいもなく「歴史や文化の面から見て、日本人のDNAには中国の要素が含まれている」と語った。

もともと「二次的文化」であるため、日本人は外来文化を熱心に学び、吸収するという伝統を持つ。
昔はその対象が中国で、今は西側国家に変わっただけだ。

日本人は一生懸命に西洋に学んだ。
文化や制度、科学技術だけでなく、
ご丁寧に植民地を拡大するところまでそっくり真似た。


だが、唯一、世界中の国が西側国家に奪い取られるという懸念も抱えていた。
その時すでに自分たちをアジアの西側国家だと自負していた日本人は、まずアジア各国を自分たちの手中に収めようとした。

専門家たちは日本の明治維新と中国の洋務運動(清朝末期に起きた西洋技術導入運動)や戊戌の変法(清朝時代の政治改革運動)を比較し、「日本は成功、中国は失敗」と言う。

日本は近代化(工業化)に成功したから中国の前を歩けるようになったと言うが、そうではないと思う。
明治維新前の日本は中国の東周(紀元前700年前後)のようだった。

名義上の皇帝はいるが、実際は将軍が政権を握り、藩主が国を治める。
藩主の下に武士がいて、その下に平民がいる。

明治維新のスローガンは「尊王攘夷」。
天皇を尊び、西欧列強を打ち払うというものだ。

そして、「尊王」が達成されると、国家最高権力を手にした明治天皇は一連の「改革開放」政策を打ち出した。
廃藩置県によって藩をなくし、武士階級も廃止。
平民を武士階級の奴隷から解放したのだ。

一方、当時の中国には平民を奴隷扱いしていた武士階級は存在しなかったし、平民にも自由と平等が与えられていた。
そのため、当時の中国のエリートたちは日本のように国民全員参加の改革をする必要性を感じていなかったのだ。

明治維新は国民全員が参加して近代化を図ったが、中国の洋務運動と戊戌の変法はエリート層だけで行われたものだった。

こうしたことから、中国が「失敗」で日本が「成功」という言い方で19世紀後半の両国の近代化競争を総括するのは適切ではない。

複雑な歴史的要因により、中国が「人の解放」の面で国民全員参加の改革に着手したのは、新たな「奴隷時期」を経て、90年代に入ってからなのである。

写真:日本。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111015-00000006-rcdc-cn.view-000

Record China 2011年10月15日(土)8時28分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111015-00000006-rcdc-cn



4 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 11:01:39.61 ID:aRTpGhhH
>>1
3行で頼む

48 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 11:13:49.19 ID:v3CXUJ9v [1/7]
>>4
俺なりの解釈を書くと、日本では昔から人間は概ね平等であって、
日本人は「皆で仲良く暮らそう」と考える。
支那では「自分が良ければ他人はどうなってもいい」と考える連中だった。

315 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 15:16:05.27 ID:SfoaNZ1I
>>4
日本人「空気読んでみんなでやれ」
中国人「自分さえよければいい」
朝鮮人「事大とコピーでやりくりする」




6 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 11:02:24.12 ID:8uNYIPNF
清で得州族の奴隷だったじゃん。



9 名前:破戒僧@セーフモード 忍法帖【Lv=24,xxxPT】 【東電 84.1 %】 ◆2ChOkEpIcI [sage 私設群馬観光振興会] 投稿日:2011/10/15(土) 11:03:23.70 ID:NlBISuaU [2/10]
武士階級が豪商から金を借りて首が回らずなんて話はいくらでもあったのにね。
農民が読み書き算盤できたのにね。

28 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 11:08:59.55 ID:xGML9XrS
>>9
農民でも剣術道場に通ってて、そこらの武士よりよっぽど強かったて例もあるし

198 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 12:34:02.83 ID:La4oRSqn
>>9
実際、某外様大名の菩提寺ですら江戸期から金借りに来てます。
証文があったそうですが、ばあさまのその前のばあさまが焚き付けにつかったとか。

明治期以降だと金の為にいろいろ置いていったけど
重みに耐えられなくて棚が崩れて全部ご破算になりましたw




43 名前: ◆65537KeAAA [] 投稿日:2011/10/15(土) 11:12:53.59 ID:r6/SxE2a [3/7] ?PLT(12377)
二宮金次郎とかは優秀だったから農家なのに出世したしな

94 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 11:30:24.34 ID:yAHaIeK1
>>43
二宮は農家、勝海舟や川路としあきらは最下層の幕臣だが、大抜擢する人事の柔軟性があった。
これは諸藩についても同じくで薩摩の西郷や大久保など見ればわかる。

明治維新で活躍した藩は商業や産業振興に成功した藩で、
商人や富農も活躍していたというか、その支援がなければ藩も成り立たなかった。



44 名前: 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 [] 投稿日:2011/10/15(土) 11:13:02.24 ID:77GgcMKW
平民が武士階級の奴隷?( ´,_ゝ`)プッ
前提条件からして間違っているんだから、正しい分析なんぞ出来るわきゃない罠www
奴隷が他国の言語で詩を読むとか、そんな世界が存在するんでちゅかー?w



76 名前:伊58 ◆AOfDTU.apk [] 投稿日:2011/10/15(土) 11:23:35.38 ID:PxUi3+l6 [3/11]
日本にも秀吉の頃まで奴隷がいた。
で、ポルトガル人が奴隷を買い付けて売り飛ばしたので、秀吉激怒。
奴隷階級廃止と相成りました。
アメが奴隷解放を叫ぶ200年以上前の事でしたが。

西洋の連中は、キリスト教排撃されたと恨みがましいけど、
寺社を破壊するとか他の宗教排撃したら、排撃されて当然でしょ。

92 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 11:29:30.49 ID:S1x5x1lM [5/11]
>>76
キリスト教徒が人を奴隷として売買するのに抵抗がない理由は、
連中が地中海の覇権をかけて争ってた頃、
サラセン帝国(オスマン・トルコ帝国=アッバース朝)に
ソレをやられっぱなしだったからなんだよね

だからといって自分が同じ事やって良いって理由にゃならんが、
時代がそれを容認してたって事は当然考慮するべきだろうね

秀吉が奴隷(≒人の売買)を禁止したのは世界の時系列で見れば画期的な事だろう




162 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 12:11:19.23 ID:CpA7hO2S [1/2]
日本に奴隷制度はなかったけど
中国にはあったよね

日本が二次的文化だというけれど
畳や正座は日本オリジナルだろう

必死に自国の優秀さをアピールしようとしてるけど
事実は事実として認めたほうがいいよ

174 名前:伊58 ◆AOfDTU.apk [] 投稿日:2011/10/15(土) 12:19:15.92 ID:PxUi3+l6 [9/11]
>>162
> 日本に奴隷制度はなかったけど
> 中国にはあったよね

いや、奴隷制度が有った時期もある。
奴隷階級が居なくなったのは秀吉以降。

202 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 12:42:32.97 ID:db69j1x/ [3/9]
>>174
日本に制度として奴隷がいたことはないよ。
戦国時代のは、混乱していた時に、そういう犯罪があったもの。
政府がちゃんと稼動している時に奴隷はいなかった。

204 名前: ◆65537KeAAA [] 投稿日:2011/10/15(土) 12:45:14.46 ID:r6/SxE2a [6/7] ?PLT(12377)
>>202
人身売買はあったらしいけどね
制度としての「奴隷」は無かったよな

穢多・非人ってのはまたちょっと違うだろうし
それ以前に誇張されてる部分も多いと思うのよな

205 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 12:47:21.72 ID:aOq8qoI7 [1/2]
>>204
いや奴婢とかいたぞ。寺奴なんて階級もあった。
奈良時代だったかの話だが。

207 名前: ◆65537KeAAA [] 投稿日:2011/10/15(土) 12:49:14.04 ID:r6/SxE2a [7/7] ?PLT(12377)
>>205
あー奴婢が在ったか。古すぎて失念してた。
寺奴は知らぬ

216 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 13:03:45.89 ID:db69j1x/ [4/9]
>>205>>207
奴婢がいたのは委国とかヤマタイ国とかで日本じゃないもの。

226 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 13:23:27.59 ID:8mL9QtIi [2/9]
>>216
律令に奴卑の規定があったはず。

235 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 13:53:14.47 ID:db69j1x/ [5/9]
>>226
はい。私が間違ってました。
900年ごろまで日本に奴婢はいました。
ただし、現代人が考えるような奴隷階級じゃなかったようです。
ヤマタイ国や委国のそれも、そういうものだった可能性はあるけど、
自分たちで記録してるわけじゃないので、よくわからない。

現代人が考えるような奴隷は戦乱の時にはあった。『高瀬舟』みたいなやつ。
しかし、これは犯罪なので、政府が統帥能力を持ち次第、取り締まった。



109 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 11:36:30.96 ID:+yJoNmx8
中国で学べる日本の歴史なんてこの程度なんだろうなあ
頑張っても歪んだものしか学べない不幸


118 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 11:38:06.33 ID:eVUcSc3e [2/3]
>>109
マジでそう思うわ
歴史学者でさえこれだから一般人は相当酷いだろうな


122 名前: ◆65537KeAAA [] 投稿日:2011/10/15(土) 11:40:27.60 ID:r6/SxE2a [5/7] ?PLT(12377)
>>118
えっ、これ歴史学者なの?
え?マジで?




180 名前:清一色[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 12:23:22.26 ID:lcF2gIMp [1/59]
>>1
元々、日本は中国ほど中央集権制が強い訳じゃない。
決定的な差になったのは、鎌倉以降だろうけど。

ただし、今の中国で”平民の解放”をしたら発展すると同時に分裂する。



211 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 12:54:48.14 ID:DniWPCvr [1/4]
江戸時代の流通を開いた功労者である河村瑞賢なんか
貧農の出身から最後は旗本まで出世したもんな

他にもサツマイモで有名な学者の青木昆陽は魚屋の息子で
農学者の大蔵永常は職人の子だ
山片蟠桃はその名のとおり番頭だったし、こういう例は検挙に暇がない

で、どこが奴隷だってw



234 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 13:51:18.93 ID:vpfXFPKc [4/5]
日本は打ち首はあったがちんぼこや手足を斬る刑は一般的には無かったよね。
お歯黒はあったが纏足はなかったし。 

ただ正座の文化は日本の精神性と民度を非常に高めたが、身体の伸びやかな
成長にはあまり良くないだろう。 これからの世代では障子や畳やふすまは
残しても、正座の習慣からは離れて椅子を活用すべきだろうな。

238 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 14:08:42.67 ID:b1XyZwbi [1/12]
>>234
なぜ正座が日本人の精神性に影響があったと思う?

正座は日本の身体文化の根幹だ。
正座をすることで腰が伸び、自然と強化される。

その腰の強さこそが日本の身体文化の特徴で、
粘り強い気質を生み出した。

正座を捨てると言うことは、身体文化の全てを捨てることになる。

243 名前:清一色[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 14:11:04.93 ID:lcF2gIMp [7/59]
>>234
そういえば、日本には宦官がいないからねぇ

昔から、優秀な女官が大勢出仕していたってことかな。
・・・陛下すら、女性のときがあるんだし



334 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 15:28:33.45 ID:a7hr0cV+ [9/24]
>>319
それをずっと考えているんだけど>封建制
(ちなみに広くともトルコの地方統治政策は巧妙です
ローマ帝国と比較すると面白い、支配域もかなりかぶってるしね)

むしろユーラシア大陸という枠組みで考えると
なぜ中国に封建制が発達しなかったかというふうに考えるべきかも。
ロシアと同じで、定期的に騎馬民族が隆盛する地形・気候的要因が
大きな原因の一つだとは思うんだけど

350 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 15:40:43.50 ID:EEYGswqm [7/12]
>>334
ユーラシア全体で見ると、日本と西洋にしか近代封建制は存在しなかった。

367 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 15:54:04.86 ID:a7hr0cV+ [12/24]
>>350
国家の発達史を比較する際に
国家数でなく面積で比べてもなあ…と思うのですが

ちなみにインドだって一つの帝国らしい帝国としてあれだけ存続して
現代に引き継がれたのは実はイギリスの統治が深く関わっていて
元々は分断状態や実質諸藩国の連合だった時代の方がはるかに長いし



387 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 16:16:34.12 ID:VD/HCNQr [1/12]
トルコで思い出したけどイエニチェリ軍団って男同士の規律といいホモといい
君主への忠誠といい仲間を裏切らない鉄則といテンプル騎士団の模倣だよね

396 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 16:22:36.57 ID:a7hr0cV+ [16/24]
>>387
諸騎士団の源流はゲルマン社会の従士制度だし
大元の大元はどこの民族にも存在する若衆組なんで…

どちらかというと、社会に根付かない異教徒の子弟を中核にした
イェニチェリの方が特異な存在だと思う



413 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 16:36:26.76 ID:gAQ4d4Pl [5/8]
イェニチェリは異教徒の子供を軍人として
洗脳教育したアッバース朝時代の奴隷軍団グラームがモデル。

氏族社会で独立心が強いアラブの土侯に対抗しようと中央集権化を図った段階で登場した。

423 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 16:45:10.30 ID:a7hr0cV+ [19/24]
>>413
しかし、傭兵勢力に頼り始めるとそれはそれでまた社会不安が…
中期以降のアッバース朝カリフの生涯は悲惨すぎる
オスマン・トルコはやっぱ色々うまくバランス取ったと思うわ

432 名前:清一色[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 16:56:17.37 ID:lcF2gIMp [35/59]
>>423
アッバース朝カリフの最後って、”蒼き狼と白き雌鹿”のゲーム内資料の記憶しかないが・・・
追い詰められて身投げだっけ?
で、モンゴル軍に”大将があんなに弱ければ、滅ぶよな”って笑われるイメージが

・・・って、ウィキみたら、ハールーンアルラシード王って、この時代の人か。
思いっきり華やかなイメージが

441 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 17:09:09.00 ID:a7hr0cV+ [21/24]
>>432
ハールーン王様はアッバース朝のわずか4代目。
彼の息子の代ぐらいまではまあ栄えてたけど
その後は親衛隊への払いが悪いってんで目を潰されたり(=カリフ位の喪失)、
捕まって(親衛隊に)、母さんに身の代金をねだったけど貸してもらえなくて
惨殺されたり(あくまでも親衛隊に)してます…

440 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 17:07:31.16 ID:gAQ4d4Pl [7/8]
>>423
そうでもない。
幽閉された後に指輪を奪うために指ごと切断されたオスマン2世とか、
世襲化したイェニチェリの横暴化は半端なかった。

オーストリアハプスブルグが新大陸で集めた金をどんどんつぎ込んで
毎年毎年「聖戦だ-!」と攻め込んでくる狂信者のキリスト教徒との戦争が
オスマンの軍人勢力の伸張と財政難を招いて衰退したわけで。

444 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 17:17:57.15 ID:a7hr0cV+ [22/24]
>>440
なるほど…
デヴシルメ制を完徹できなかったのが最大の敗因なんですかね?
土着勢力との融合と支配という点ではトルコは
なかなかうまかったと思うんだけども
やはり中央集権構造においては汚職や腐敗が命取りだなー

536 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 19:54:06.96 ID:gAQ4d4Pl [8/8]
>>444
理由は2つ。
1つめの理由はローマと同じ。
オスマン帝国内は安定し、戦争による異教徒の奴隷供給が減ったこと。
2つめの理由はそちらのお察しの通り、既得利権化や制度の腐敗。




606 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 22:23:16.02 ID:DMSlajNC [5/15]
>>588
あと、遅レスですがモンゴル侵攻当時にアッバース朝のカリフだった最期について
「身投げした」というのは
もしかしてホラズムの後継者ジャラール・アッディーンの逃亡劇のイメージが入ってないですか?
沢山の小説で取り入れられてる場面なので。

モンゴル軍のカリフに対する処刑は、布に包んで圧死させたというのが通説だったと思います。
モンゴルには伝統的に血液に対する畏れという思考があって、
貴人に対しては、血を大地に流さずに殺すのが礼儀であるし、
現在でも家畜の処分で血を地面に落としませんから…

608 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 22:27:06.53 ID:b95RjsH+ [16/23]
>>606
モンゴル人ってのは面白いもんで、大地を弄る事=工事すら嫌うからねえ・・・。

617 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 22:34:16.66 ID:DMSlajNC [6/15]
>>608
それはモンゴルにおける血液の概念とはまた別に
草原を守るという実利面から来てるかと思うのです
明末から漢民族が入植して気候風土に合わない耕作を強行したことで
土地が荒れて砂漠化し、放牧地を失って貧窮化した経験が強烈に印象に残ってるようで 

621 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 22:38:36.35 ID:DniWPCvr [3/4]
>>617
ヤギは根まで草をとるから、飼い過ぎると土地が荒れるって聞いたことがある
寒冷で雨も少ないから、基本的に生態系が繊細なんだよな
ほっとけばガンガン雑草が生えてくる日本とは違う

619 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 22:37:43.37 ID:b95RjsH+ [19/23]
>>617
そうだったのか。
以前、モンゴル人に
「モンゴル人は大地を汚す事を嫌います。怪我をした血ですら落とす事を嫌います」
と聞いてたんだよね。

それはきちんと原因があって、草原を守ると言う意識からきた事と、
血を嫌うことが合わさっちゃって伝えられたのかねえ。
まぁ、ちょっと遠い記憶なんで聞き間違えカも知れないけど。

632 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 22:46:22.36 ID:DMSlajNC [8/15]
>>621
そーなんですよね
モンゴルでも東西南北で植生は違うんですが
彼らの遊牧は土地土地に合わせて非常にシステマティックに運営されていて
農耕民族である漢人が水や草を負ってテキトーに移動してる奴ら、と長年認識してたのは
実態を全然分かってないんだよね。
西洋史学から見た「タタール」もまだそういう誤解の入ったイメージで語られることが多いですが…

>>619
それもあるんじゃないかなあ
自分はあくまで机上の知識で、やっぱり現地の人の言うことが一番ですしね
確か、モンゴル人は土地に対してまず馬乳酒を撒いて天と地の神にそれぞれ感謝するんですよね…

結構、清代の皇帝(にもそういうモンゴル的な発想は受け継がれてたりして
(中国統一した時に、遊牧帝国の長としての権威をモンゴル貴族から正式に認証されたから)
辛亥革命から現代の中国、チベット、モンゴルの国際関係を考える上でも参考になったりします

638 名前:清一色[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 22:56:54.10 ID:fLc0eNSc [9/13]
>>632
中国は、中国4000年と言えば4000年の間、森林破壊をしていたという意味だし。

黄河がいつから黄河と呼ばれたか知らないけど、あそこまで黄色くなかったらしい。
黄河流域のシンアンリン山脈の木材を大量消費することで、黄河文明は成り立っていた側面があるから。

森林破壊によって表土の流出があり、黄河の濁りは酷くなったという説を聞いたことがある。
・・・まぁ、下流域には肥沃な平地が形成されたのかも知れないけど。

それこそ、遊牧民にとっては呆れた実態だろうけど

652 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 23:12:46.39 ID:DMSlajNC [11/15]
>>638
気候の変化もあるから、一概に人為的な自然破壊だけのせいとも言い切れないんですけどね。
中国も昔は中原にライオンが歩いていたと…

4000年の間に、気候はものすごく変動してるし
時には100年単位で全く農耕の様式を変えなきゃ
同じ土地で生きていけなくなったりしてますから

ヨーロッパのフランドル絵画で凍りついた川の上で大勢がスケートしてたりするじゃないですか。
あれ、今じゃとってもできないっしょ?
たった数百年で温暖化に向かってる一つの例で



451 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 17:31:17.54 ID:bcnlH0eH [4/16]
日本の識字率の高さは律令時代をきっかけとするだろう。
律令制度は官僚主義であり、それは文書主義とイコールでもある。

地方の郡役所でも文書による施政が行われていた。
この時期に地方豪族にも文書による信用が浸透したのかもしれない。

墾田永年私財法施行後名田の保証に文書が書かれ、
後の中世には訴訟が頻発するほどになったが、
漢字かな混じり文が手紙など私的文書だけではなく公式文書として認知されたことも、
商業の発達とともに文書文化の下層への普及に拍車をかけただろう。

452 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 17:33:36.90 ID:F5FHQ9Vs
>>451
防人にとられた坂東の名もない男ですら、
さらっと和歌を詠めるくらいだものなあ。

453 名前:清一色[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 17:35:09.56 ID:lcF2gIMp [39/59]
>>452

話し言葉には方言があったけど、書き言葉には方言がなかった・・・・って言う認識はあってる?

律令時代からってところ、眉唾かと思ったけど、確かに言われてみれば万葉集ってそうだよな

455 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 17:38:03.90 ID:oF4Y0tW0 [2/2]
>>453
> 書き言葉には方言がなかった・

たぶんそうじゃね。
平安・奈良の古語口語でさえ鹿児島の奄美諸島とかで残っている
くらいだからね。
いまでは、方言のひとつみたいになっているが。

456 名前:清一色[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 17:40:49.59 ID:lcF2gIMp [40/59]
>>455
あぁ、某九州の田舎には古語が残っていて、もったいなことを『あたらしい』といっている

正確には新しいは『あらたしい』だからな・・・雰囲気=ふいんき見たいな変換が行われたんだろうけど


461 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 17:44:21.79 ID:bcnlH0eH [5/16]
>>453
律令時代は漢文の時代で万葉仮名は形成中。
万葉集の庶民の歌は聞き取りだね。聞き取りゆえに方言が記録された。
郡役所の遺跡からも漢文や熟語が書かれた遺物(漆紙文書や木簡、器など)が出土するの
で、役人レベルでは漢文を使ってやり取りしていたことがわかっている。



451 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 17:31:17.54 ID:bcnlH0eH [4/16]
日本の識字率の高さは律令時代をきっかけとするだろう。
律令制度は官僚主義であり、それは文書主義とイコールでもある。

地方の郡役所でも文書による施政が行われていた。
この時期に地方豪族にも文書による信用が浸透したのかもしれない。

墾田永年私財法施行後名田の保証に文書が書かれ、
後の中世には訴訟が頻発するほどになったが、
漢字かな混じり文が手紙など私的文書だけではなく公式文書として認知されたことも、
商業の発達とともに文書文化の下層への普及に拍車をかけただろう。

463 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 17:49:49.52 ID:8VuT9pwd [5/11]
>>451
律令国家自体は、とりたてて言うことは少ない普通のアジア式古代王国だよ。
最初のころは、万葉集を編纂して庶民の歌をおさめたり、本気で国営農場まがいのことをやったり、
ちょっと変わっているんだけど(中華北朝の公地公民は、余剰公有地の分譲だったりする)
9世紀半ば以降は、典型的なアジア的間接統治王国になってしまう。

これは、「律令政府の弛緩」と言われているんだけど、むしろ本流回帰に近い。

そして、この本流回帰とともに、
古典中国語および京都語以外で記述された文字文献が、日本から完全に消える。

京都語以外の日本語方言を記述した文献は、
万葉集東歌(8世紀)の次は、なんとキリシタン文献(16世紀末)と雑兵物語(17世紀初頭)、
国産の文学作品になると、弥次さん喜多さん(19世紀)まで下ることになる。

でも、不思議なのは鎌倉幕府以来の東国政権のお膝元で、
地元方言を記述して何かを書こうとした人が、
中世を通じて一人もいなかったことなんだよね。

466 名前:清一色[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 17:55:11.50 ID:lcF2gIMp [42/59]
>>463
・・・日本語の書き言葉って、一体どうやって形成されたんだろうな?

話し言葉よりも書き言葉が統一されるのは理解できるが、それが万葉集以降統一されてるって

ミステリー・・・

476 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 18:05:39.02 ID:8VuT9pwd [6/11]
>>466
それは簡単。というか、世界のありふれた古典語の形成過程と同じ。
一言で言えば、
「西暦980年前後の、平安京在住の貴族階級の口語方言」がそのまま文語となった。
これは、紀元前1世紀のローマ在住ローマ市民の上層階級の方言が、
そのまま古典ラテン語の規範になったのと同じ。

まあ、日本語というのは、世界でもあまり数の多くない「古典語を持つ言語」だったりする。
英語もドイツ語も、実は古典語を持っていない。
古英語というのはあるけれど、後世に文語として用いられたことはない。


本当に変態的でミステリアスなのは、「古典中国語の起源」なんだよ。
古典中国語は「(人が口頭で使う)言語ではなかった」という説が、有力に唱えられている。
じゃあ何だったのかというと、
「漢字というピクトグラム(絵文字)の並べ方」だったという。

479 名前:清一色[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 18:10:06.00 ID:lcF2gIMp [45/59]
>>476
中国が凄いのは、既にその学問を古代で終わらせていて
”説文解字”という、今でも通用する辞書を作ってしまったことだよなぁ。

で、鐘ヨウが楷書を確定して。

そういえば三国時代、中国も文書は統一されていたけど、
涼州伐とか揚州伐とかケイセン伐とか出来ていたのは
話し言葉が通じなかったから・・・って言う話もあるよね。

481 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 18:10:12.84 ID:8mL9QtIi [9/9]
>>476
そうすると唐詩なんかはどうなんだろうか。
あれは、一応、口頭で語ったものなんじゃないの?

485 名前:清一色[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 18:15:32.16 ID:lcF2gIMp [46/59]
>>481

三国時代以前も、歌はあったけど、詩にはなっていなかった。
楽曲とあわせて歌う曲は韻を踏むものだったけど、それを芸術として詩にしたのが建安文学の成果

曹操親子って、マジで変態だわ

だから、唐の時代は韻を踏んだ詩は普通にあるし、役人のたしなみじゃないかな。
日本の短歌が貴族の嗜みだったのと同じように。

486 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 18:16:21.86 ID:32ylfXFc [6/13]
>>481
物語の伝承は万国共通で『歌』によって
行われていたからその辺じゃないかしら?


489 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/15(土) 18:26:28.59 ID:8VuT9pwd [7/11]
>>481
ピクトグラムの読み方は決まっていたので、並べれば詩は出来る。
2ちゃんのAAと顔文字を並べて「詩」を作ることは、おそらく可能だw

散文的つぶやきが、そのまま31音節に加工される和歌のようなものとは、
相当違うんだろうね。

495 名前:清一色[sage] 投稿日:2011/10/15(土) 18:31:59.66 ID:lcF2gIMp [47/59]
>>489
あぁ、なるほど。
文字にしたときの韻が完成されているから、魏と唐の音も同じようになっているんだと思ってた。
そういえば、日本での今の漢字の読みに唐音はほとんど残っていませんでしたね。大部分が呉音でしたっけ?

・・・そこまで考えたことなかった。





【中国BBS】アジアの中では日本は中国よりも進んでいると認めざるを得ない。でも日本人は永遠に邪悪な民族だ[10/16]
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1318731953/

1 名前:ニライカナイφ ★[] 投稿日:2011/10/16(日) 11:25:53.44 ID:???
◆【中国BBS】日本は中国よりも進んでいると認めざるを得ない

中国大手検索サイト百度の掲示板に「アジアのなかでは、日本は中国よりも進んでいると
認めざるを得ない。でも日本人は永遠に邪悪な民族だ」というスレッドが立てられた。
スレ主の独断によるランキングに対して様々な意見が寄せられている。
以下に日本語に翻訳して紹介する。( )内は編集部による素朴な感想。

―――――――――――――――――――――――

● スレ主:浜城連
中国人から見たアジアの先進国ランキング。
1位から日本、中国、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、韓国の順。
(あくまでもスレ主の主観によるランキングですね)

―――――――――――――――――――――――

● 来自尼塔馬
なぜ大韓帝国を含めているんだ?大韓帝国は宇宙に属するんだぞ。
どうして身分が違うのに比べられるんだ?


● 棒子真該死
日本は経済面で早くに巨人となったが、政治面では小人。
今では経済面でも中国に追い越されたし、差は広がる一方。

なのになぜ日本の方が中国より進んでいると言えるのだ?
中国はすでにアジアのリーダーである。疑問の余地はない!

(日本の政治はいつまでたっても二流です)

● 某某不洗澡
ベトナムや韓国が含まれてる…スレ主は冗談で言っているんでしょう?
韓国は宇宙一だよ!

● 梅花与瑰
シンガポールが中国の下…?
(確かにおかしなランキングです)

● 灰太狼YUI
台湾と香港は別で数えるべきだと思う。
(そのとおりですね)

● 小田小道
オレは日本フリークではない。伝統的な中国人で中国産を愛している。
でも、理工学を学ぶものとして率直に言わせてもらうと、科学分野の大部分で
日本は絶対的な強さを持っている!

● 1765842901
スレ主は日本人か?中国はGDPで世界第2位なんだよ!日本が何だっていうんだ!

● 2347771
中国にも日本が羨むところはたくさんある。
例えば中華料理、上海、香港、孔子の儒教文化、ジャッキー・チェン、姚明、
広大な国土、強いスポーツなどなど。
(下水油の中華料理は羨ましくないです)

● 肖声克
1人当たりのGDP以外では、中国はすべての分野で日本を超えている。
鋼鉄生産量、建設能力、発展の見込み、国際的な地位。
今の日本の科学技術分野でも特に優勢というわけではない。

サーチナ 2011/10/16(日) 11:01
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=1016&f=national_1016_055.shtml




69 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2011/10/16(日) 11:53:04.91 ID:ERQqSSF7 [1/4]
インフレ率でも日本完敗w
1年半前に6元だったビールが18元になってたのにはワロタ!w

愛国心があるなら、どんな物価上昇でも暴れちゃいかんぞw

72 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/16(日) 11:55:05.39 ID:EVB9KHNP [4/6]
>>69
 なんか日本の幕末みたいだな。

景気は上昇して経済も発展してるのに物価が高くなって庶民の暮らしが圧迫されて。
違う点は日本は支配者層の武士も困窮したが
中国じゃ共産党員はぶくぶく太ってるってところか。



114 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/16(日) 12:13:43.15 ID:tTTPLxCr
>中華料理、上海、香港、孔子の儒教文化、ジャッキー・チェン、姚明

まったく羨ましくないです

126 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2011/10/16(日) 12:22:14.72 ID:ovSxvY5L [2/2]
>>114
なんで羨ましがってると思うんだろうね。
中華料理も料理としてのジャンルの一部、みたいな認識で、感情も何もないのに。
上海も香港もこれといって目を見張るものもないし。
上海や香港はそこに住めない中国人自体が羨ましがってるように思える。
自分たちが羨ましいから日本人も羨ましいはず、みたいな。




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